20150527日記
最近はずっと更新が止まっていたので、もっと気楽に
日々の気づきをメモするってくらいの力加減で書いていこうと思います。
・男性脳/女性脳の話って、異性をdisるために使われることが多いので
自分の苦手なことを認めて、異性の相手の優れた面をほめるって文脈で
使える人はすごい。
・時刻表って誰が買うんだろうと思ってたけど、鉄道ファンにはたまらないであろう
特集が組まれていてなるほどなと。鉄ちゃんがいる限り時刻表の未来は安泰なのだ。
・親知らずが(おそらく)虫歯で半分欠けているせいか歯茎の地盤がゆるんでいる。
as soon as possibleな対処が必要だが、なにかと理由を考えて結局今日も歯医者に
行かなかった。
・決まったことを決まったとおりに正確にこなす仕事が大半を占めるのだけれども
細かくてめんどくさい上に地味なルーチン作業なので飽きてくる。
そんな中、先が見えなくて手探りで進めなくてはならない仕事が2、3あり、
最近そっちのプロジェクトが動きはじめているので少し楽しくなってきた。
華麗なるジャポニズム展
一年の計は元旦にあり
夏も終わってしまいますが
8月も最終日だなんて!もう秋の訪れなのか、
ここのところ涼しい日が続いています。
昼間の蝉の鳴き声よりも夜の鈴虫の合唱のほうが
目立って聞こえるくらいです。
さてさて、前回夏休みの宿題をやるなんぞと勢いよく
言い放っておきながら、すっかり放置していました。
結論から言うと「できてません」(笑)が
誰に迷惑をかけるわけでもないので
中間報告も兼ねて弁解させていただきます。
~以下、言い訳モード~
うちの会社はもともとお盆休みがないのですが、
その上8月の休日は今日以外何らかの予定というもので埋め尽くされてまして。
(いつになく)リア充なのか、それとも振り回されているのか、
あるいは予定の空白を恐れて埋めようとした結果なのか・・・
分かりませんが、とにかく色々と手が回らず時間が過ぎてしまった訳です。
以上です、はい。
そんなこんなで、できてないですが
せっかくなのでやりたいとは思ってます。
自由工作ですがもうネタは決まっており、着手もしています。
東西南北それぞれの方角を司る幻の動物の神「四神」です。
東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武のうち、
北の玄武(亀と蛇が合体した感じの想像上の生き物です)を
粘土で作ってみました。
途中かけですが写真です。
また完成したらアップしようと思いますので
気長に見てやってください。
大人の夏休みホームワーク
今週のお題「自由研究」8月に入って夏真っ盛りでございます。
このブログでも夏っぽいことをしてみたいと思って、企画をしてみました。
題して「大人の夏休みホームワーク」!!
夏休みの宿題を大人の自分に課してみようというものです。
夏の宿題といえば、復習ワーク・計算ドリル・漢字練習・・・
1学期末にどっさりと配られた冊子の山。この辺りは思い出すだけで気が重くなります。
ただ、自由研究&工作、読書感想文、ポスター・・・
この類いは比較的好きだったのでこだわってやっていました。
特に自由研究は毎回没頭しておりましたね。
ヤドカリの研究をした時なんかは、常時10~20匹のヤドカリを飼っており
脱皮した殻を愛でている所を近所のおばさんに見られて本気で心配されていました(笑)
子どもの頃を思い出すと復習とかはもう退屈で苦痛で仕方なかったけれど、
創造的な課題は嫌じゃなかったんですよね。
そして、時はたち宿題からは解放されました。
がそういうところは変わっておらず、
かねてから愚痴っておりましたが異動により
仕事から創造的な要素がなくなって、
最近あまりに飢えていたので自分に課してしまったという次第です。
という訳で、大人になった自分が取り組むのは、
①自由工作
②読書感想文
期限は言わずもがなですが、待っててくれない8月31日です。
成果は随時、ブログのネタとして紹介しますので乞うご期待。
ではでは暑い日が続きますが、よい夏をお過ごしください!
対話ってなかなかいいもんだ
またまた久しぶりの更新になってしまいました。
今日は、地域のさまざまな人が集って
お互いの考えを語り合い、聴き合うという趣旨のイベントに参加してきました。
ただでさえ口下手な私が、丸一日しゃべり尽くしてぐったりですが、
すごく刺激的で面白かったです。
語り合うといっても、年代も価値観も異なる人が始めて顔を合わせて
おしゃべりしましょうというのはものすごくハードルの高いことですよね。
それこそ、議論がはじまってヒートアップし、言い合いになってしまう
なんてことも起こりかねません。
それを防ぐために、この場では対話のルールを共有しています。
否定をしない、相手の想いを受け止める、沈黙も受け入れる、一人で話しすぎない・・・など
とってもゆる~いルールですが、それがあることによって
知らない者同士でもお互いが気持ちよく話せるのだと思いました。
この対話というのは、会話とは少し性質が違います。
「会話」というとたわいもないおしゃべりだったり、意思疎通の手段だったりします。
一方、今回参加したのは「対話」する場ということで
自分の想いを語り、相手の想いを聴くということを参加者が意識しています。
これも一種の手法ではありますが、会話が苦手な人でも
対話なら考えが伝えられるということも多いです。
今回参加してみて、対話のココが良い!と思ったことを
3点ほど挙げてみました。
1.情報はゆるいつながりから入ってくる
普段、知り合い同士で話していると、お互いの共通の話題が固まってきて
外の情報を得ることが、少なくなってきます。
こういう知らない人がいる場所に出向いてゆるいつながりを作っておくと、
その人達から新しい観点で、面白い情報をたくさんもらえます。
2.相手の考えから、触発されて新しい考えが生まれる
相手の話を聴いていたら、いい刺激を受けて、
新しいことが浮かんでくるという経験は誰にもあると思います。
自分の経験の中で似たようなことが頭に浮かんだり、
共感できるなとか、自分だったらこう考えるなとか
一人で考えるよりも格段に思考が広がり、さらに深まります。
3.知ると意識が変わる
例えば、まちの歴史のこと、環境問題のこと、地域の課題のこと
恥ずかしながら私は普段の生活でほとんど意識することなく
過ごしています。ただ少しでも知るきっかけがあれば、
意識のアンテナが高くなり、もっと知ろうとします。
ひいては人間的により豊かになっていくと思います。
そんなこんなで、いつもとはちょっと趣の違うおしゃべりに満足した一日でした。
「対話」がはじまるとき―互いの信頼を生み出す 12の問いかけ
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コーエン監督『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』
コーエン兄弟の新作、『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』を観てきました!
何しろ去年、カンヌ映画祭でグランプリを受賞したというニュースから、
かれこれ1年ですから、待ちに待ったという感じです。
コーエン兄弟というと、マニアックで一般ウケしないなんて言われていますが、
そんな彼らのことを私が知ったのは、大学時代のこと。
映画専攻ではなかったものの、映画ゼミに潜り込んで受講させてもらっていたとき、
ふと話題に出たコーエン監督が褒めちぎられていました。
その後、話についていけない悔しさから、コーエン映画を借りられるだけ借りて、
ひたすら観たところ、見事にツボにハマりました。
主人公が犯罪だったり厄介ごとに巻き込まれていくストーリーが多いのですが、
抜群のブラックユーモアで、Fワード多発のダメ人間を描きます。
断片をみると子どものいたずらのような遊び心あふれるものなのに、
それらをまた「ドヤっ」てほど完璧な構成でまとめ上げるんですね。
近年だと、『バーン・アフター・リーディング』や『トゥルー・グリッド』など
興行的にもヒットした作品が多かったですが、今回の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』は
どちらかというと玄人好みテイストな印象でした。
~以下、ちょいネタばれ注意です~
舞台は1960年代のニューヨークにおいて、フォークブームを起こした地区グリニッジ・ヴィレッジ。
売れないフォークミュージシャンのルーウィン・デイヴィスは、
家も無く、面倒をみてくれるレーベルの主人とも衝突し、
あげくに居候していたシンガーの女を妊娠させてしまいます。
そこから逃げ出すように、ギターと預けられた猫を抱えて、旅に出ます。
旅の中で、一緒に組んでいた友人の自殺のことや、
介護施設にいる父親のことなど、目をそむけてきたものを見つめ直します。
巡り巡って行き着く先は、ライブハウス、居候している女のアパート、
レーベルの主人、亡くなった友人と組んでいた頃から世話になっている家族と
「あれ?この場面、またふりだしに戻ったじゃん」というところで物語は幕を閉じます。
散々ひどいことを言って、出ていったにも関わらず、
何事もなかったかのように元いた場所に受け入れられるのは
ダメなんだけどどこか憎めないルーウィンのキャラクター故です。
ルーウィンのモデルは、ボブ・ディランも憧れた実在のフォーク・シンガーであり、
彼の回顧録をコーエン兄弟が自由に脚色したのが本作とのこと。
小さい頃から音楽好きだったコーエン兄弟だけあり、
主人公のモデルが作った実在の曲を、劇中で俳優が実際に演奏することで再現したそうです。
フォーク・シーンが起こる裏では、一握りのスターが誕生する一方で、
数多の名もないミュージシャンの生があるはずです。
そんな名もなきフォークシンガーの一人に焦点を当てた所に
コーエン兄弟の音楽カルチャーへの敬意や愛情が感じられます。
(率直ではなくひねくれてるから分かりにくいんですけどね)
アンダーグラウンドな雰囲気もコーエン監督の持ち味と
マッチしていて、どこか心地よくずっと浸っていたいような映画でした。